政治家になることになったきっかけ③最終

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こんばんは。松本みつひろです。

都議選を区切りに、新しい仕事に取り組み始めましたが、
並行して地域コミュニティに参加するようになりました。

希望の塾での学び、『LIFE SHIFT-100年時代の人生戦略』の内容や、「イクメンはイキメン(地域活動をする男性)に進化する」という言説など、
様々な角度から「地域に根差して生きよ」と背中を押されているように感じていました。

地域コミュニティに参加する上で、そうはいっても不安に感じていたことが2つありました。

・浦和出身のよそ者だが、荻窪の地元の人に受け入れてもらえるのか

・子どもがいないことで嫌なことを言われないか

「受け入れてもらえるのか」については、早々に安心できました。
地域コミュニティの方々のご子息達も、多くは企業で働いていて転勤などで荻窪を離れ、若い人たちはたくさん住んでいるけれど、地域と繋がっていない。
若い力の地域参加を、地域コミュニティの先輩方が自発的に欲されていました。
荻窪の出身でなくとも、優しく暖かく受け入れていただきました。

子どもがいないことで嫌なことを言われないか。
少し前に読んだAERAの安倍昭恵さんインタビューで紹介されているような、心無い言葉を浴びせられたりしないか。
悪気はなくとも、我慢ならないようなことを言われないか。
地域コミュニティだからというより、その構成員であるシニア世代全体への
雑な偏見だったと今は思っていますが、参加当初かなり警戒していました。

「お子さんは?」「いないんです」「そうなの」
地域の方ほとんど全員と重ねた会話ですが、それ以上に踏み込んでくる人は一人もいませんでした。
口の悪い人もいるし、お孫さんの成長が生きがいという人も多くいますが、
「いないんです」の行間を汲み取るだけの経験と思いやりが、荻窪の方々には備わっていました。

お酒の場で、政治の話になることも多々あります。
いわゆる「シルバー民主主義」に身構えていましたが、ご自身たちのことより、私の世代に対する政策が不足している、と本気で憂えてくれていました。

子どもを授かった時、産まれた時、身内のように喜んでくれました。

この人たちのためにもっと働きたい。
自分たちの世代や将来世代のために政治家として働きたい。
杉並区であれば、これが両立できると思いました。

こうして、杉並区で立つ決意を固めました。

長くなりましたが、一介のサラリーマンだった松本みつひろが、
政治家として挑戦するまでの気持ちの流れを紹介させていただきました。

今後は政策や、活動のトピックスなどのご報告に移らせていただきます。
引き続き、フォローいただけますと幸いです。

よろしくお願いします!

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