東京都「卵子凍結にかかる費用の助成」に関する私の意見

本日、東京都知事選挙が告示されました。

選挙管理委員会が用意していたポスター掲示板の箇所数では足りず、立候補届出終了後に候補者陣営にアクリル板を渡し、候補者陣営が増設するという、異例の幕開けとなっています。https://news.yahoo.co.jp/articles/49abcc7d00e9964d9e47a061ab464a23952f013a

今回の都知事選挙について、私はどの候補者も応援しない「静観」、有権者としての投票先も現時点で決まっていません。
4年前の都知事選挙で応援した小野泰輔さんは、今維新の衆議院議員として活躍されています。今回私として、都知事選挙に参戦できなかったことを残念に思っています。

現職の小池百合子都知事の2期8年については、いつもながら是々非々で捉えています。具体的には、

子育て支援デジタル化/DX防災については進んだものとして評価。

情報公開住宅政策を含む都市政策経済政策、統治機構改革については課題と認識しています。

私のライフワークである不妊治療関連の政策では、令和3年1月1日から、それまで東京都では世帯所得905万円以上を対象外としていた特定不妊治療費助成の所得制限を撤廃しました。これは令和4年4月1日から全国で始まった、不妊治療の保険適用に至るプロセスの中で重要な役割を果たした施策だと感じています。

不妊治療の保険適用開始後も、先進医療に対する助成を行っていますし、経済的負担の面だけでなく不妊症・不育症に関する相談事業や、プレコンセプションケアについてもTOKYOプレコンゼミを始めるなど、妊娠に至る前の支援については必要な施策を着実に増やし、東京都民のSRHRの増進に貢献されてきたものと思っています。小池知事自身が子宮筋腫から子宮全摘に至り、だからこそ「産みたい」をサポートしたい、という動画も話題になっていますね。

そんな中、令和5年10月から「卵子凍結にかかる費用の助成」が開始されました。AIゆりこもアピールしています。


「いつか子どもを産みたいを叶える」として、不妊治療と卵子凍結を並べています。

 

この卵子凍結の費用を助成する制度について、強い問題意識を持っています。

 

加齢等による妊娠機能の低下を懸念する都内在住の18歳〜39歳を対象に、卵子凍結を行った年度に最大20万円、凍結延長のために1年ごと2万円の助成をするというものです。すでに不妊症の診断を受けており、不妊治療を目的とした採卵・卵子凍結や、小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存は対象外の事業です(別途行っている)。ちなみに山梨県もこの事業をやっています。

パートナーがいる場合には、基本的には卵子凍結を行いません。卵子の状態で凍結するのではなく、体外受精や顕微授精によって受精卵となったもの(胚)を凍結します。これは技術的に確立しており、凍結胚1個あたり30〜35%の妊娠率が期待できるとされています。未受精卵子を凍結・融解した融解卵子1個あたりの妊娠率は4.5〜12%とされています。参照)https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/iryo/iryo_hoken/gan_portal/chiryou/seishoku/qa/josei.html

 

卵子凍結の費用を助成する制度の狙い、活用イメージは、
・パートナー不在の状態で年齢を重ね、少しでも若い時点での卵子を保存し、将来妊娠したい
・仕事が忙しかったり楽しかったりで今妊娠したくないが、将来欲しくなるかもしれないので若い時点での卵子を保存したい
というところかと思います。

卵子凍結という技術があることは素晴らしいこと、良いことだと思います。
そして私個人の考えは横に置いて、上記のような考えをご自身で熟考されて導き出した上で、卵子凍結に臨むという選択は尊重されるべきものだとも思います。

ただ、それが都の助成制度として存在していることは良くないことだと思います。政策というのは多かれ少なかれ誘導的な要素を持っています。つまり東京都が考えるあるべき/目指したい社会の姿を実現したいというビジョンがあり、そこに向けて自由意志を持つ企業や個人に対して補助制度等を提示し、意志を誘導していくというのが政策です。

この政策を通じて都が出しているメッセージは、「時間の経過で体は老化していくものだけど、卵子凍結があるから大丈夫!あなたは今を生きたいように生きて、時が来たら卵子を融解して妊娠してね!」というところでしょうか。残念なことですが、あまり大丈夫ではありません

・着床し妊娠する体は年齢を重ね、リスクを高めている
・融解卵子の妊娠率から、目標採卵数は20個以上となるが、それだけの数の採卵をするための高刺激は体に負担が大きく、結局今を生きたいようには生きられない
・卵子凍結に至るまでの診療、施術は不妊治療と同じ医療従事者が行うため、不妊治療患者の待ち時間を増やす誘因となる

といった問題点があり、結果的に高齢での出産トラブルや、妊娠の希望そのものが叶わなくなる危険性を孕んでいます。

 

この政策が、女性の自立を一層支援する!女性活躍推進!その一環として妊娠・出産の「希望」を授けるための政策!ということであれば、技術論としては正しいと思います。ビジョンは正しいと思いません。叶わない可能性がそれなりに高い「希望」を政策が授けるのは罪だと思います。

ここまで書いたことについて、この制度に関わっている都職員はよくわかっているのだと思います。説明会への参加や、追跡的なものも含んだ調査事業への協力を条件として設定し、説明会でも上記のような話をして、安易な制度利用に至らないよう、歯止めをかける意識はホームページ上のちょっとした記載などからも感じ取ることができます。

ですが制度は現に存在し、制度が存在するからには事業実施に関与した政治家は自分のストーリーの中で発信し、それによって「希望」を持つ都民を生み出してしまい、その中から一定数の希望が叶わない都民を生み出してしまいます。役所側も制度を持った以上、事業の活用に関する定量的な目標と、目標未達時の説明責任を負います。

 

繰り返しになりますが、卵子凍結という技術があり、それを自分の意思で選択できることは重要なことです。ですが、今の卵子凍結にかかる技術力水準にあって、公的な助成制度が設けられている状況では、卵子凍結という手法に安心してしまい、高齢出産を誘引し、結果的に望んだような妊娠・出産、望んだような人生が得られなくなってしまう、もっといえば都の事業があったことによって望んだ人生を得られない方向に誘引してしまう危険性がこの政策にはあるのではないか、と危惧しているところです。

・がん患者等の妊孕性温存に対する支援の深掘り
・プレコンセプションケアのさらなる推進
・特定不妊治療全般、特に胚・卵子の凍結・融解の技術開発支援による妊娠率向上

などによって、AIゆりこの言うところの「いつか子どもを産みたいを叶える」を、もっと前に進めていきたいと思っています。

 

蛇足ではありますが、これは東京都でできることでもなく、政治全体でも変えていけるものではないかもしれませんが、身体的な妊娠適齢期と「今はこどもが産めない」「今は仕事をしたいのでこどもを産みたくない」が重なってしまうところから変えていけないかと私は思っています。

妊娠した学生が退学になったりせずに学び続けられる風土や、新卒一括採用に乗り遅れてもなんら問題なくキャリアが構築できる働き始めの在り方など、課題になっている点は多岐にわたりますが、人生百年時代と言われて久しく、我々世代は80歳まで働く未来が十分に視野に入ってきています。人生のどのタイミングで子をなすのか、ということについても、今より自由で選択肢の多い社会を作っていけたらと思っています。